絵本のある風景

最近はあまりパセージを意識をしないでも長男と問題なく過ごせている。
しかしそれは、劇的なエピソードがないということでもある。


私も夫も本を読むのが好きで、もともと家には本が多いのだが
長男が生まれてからは子どもの本も集めるようになった。
冬の間は特に家に閉じこもることが多いので、本を読んであげる時間が長くなるのだが
一冬ごとに長男の読書の成長が感じられてとても嬉しい。
おもしろがって聞いていても、実は内容を理解していないことも多いようだけれど。
というより、内容を理解していなくても、子どもは絵本を楽しめるようだ。


最近の長男のお気に入りは昔話だ。
世界の民話やグリム童話、アンデルセン童話、イソップ物語など。
挿絵程度の絵しかなくても、
少し抽象的なおとぎ話や寓話が楽しめるようになってきたようすだ。
そして、私が家事をしたり、寝る時間になってしまって読むのを中断すると、
いつの間にか自分で続きを読むようになった。

最近はおやすみを言って自分の部屋でひとりで寝ているのだが、
どうやらしばらくベッドの中で本を読んで過ごしているらしい。
朝起きられなくて困るのは彼の課題なので、何も言わずにいると、
ぱさっぱさっというページのめくれる音が聞こる。
昨晩などは20時過ぎにベッドに入ってから、1時間近くも音がしていた。
外は雪が降っていて、あたたかい毛布にくるまって、
初めて読む本に心がおどって、夜更かしのハラハラする気分も心地よくて・・・
その楽しみを私は知りすぎているから、静かに別の部屋で私も本を読んだ。
珍しく、未読の小説が読みたくなって、
アンデルセンの『即興詩人』を読み始めたら夢中になってしまった。
森鴎外の文語訳を安野光雅が口語訳したものを、以前買っていたのだ。
寝息の聞こえる長男の部屋に行くと、
ベッドの下には数冊の本が山をなしていて、アンデルセンの童話集もあった。
ひとつの本を一緒に読むのも幸せだけど
同じ時間に同じ作者の物語を読んでいたんだなと思うと、より幸せに感じられた。



次男も、彼なりに絵本を楽しんでいる。
本を本棚から引っ張り出すことを楽しんでいた時期を経て
絵本の絵に意味があることがわかってきた最近は、
赤ちゃん向けの絵本よりは
もう少しお兄ちゃんが読むようなお話の絵本の方が好きらしい。
『どろんこハリー』や『ゆうびんやのくまさん』、『番ねずみのヤカちゃん』など
犬、クマ、ネコ、ねずみなどの動物が出てくると
「わんわん!にゃー!」とページごとに感動してくれる。
乗り物も大好きなようで、
長男もぼろぼろ・びりびりになるまで読み込んでいた
山本忠敬の「ぶーぶーじどうしゃ」「ずかん じどうしゃ」は、
ひとり静かに、むずかしい顔をして読んでいる。
そしてスズキコージの『エンソくんきしゃにのる』は
汽車とひつじが出てくるので、大のお気に入りだ。
本棚から目的意識を持って本を次々に引っ張り出しているときは、
たいていがエンソくんを探していると見て間違いがない。

また、目新しい本を私と一緒に読むのも好きなようだ。
今日は長男が私に読んでもらう本を探しているすきに、
私のお腹の上に『ねむれない王女さま』を持ってのぼってきた。
「ん?ん?」絵を指さしてこれは何だと催促。
「あ、王さまだね」
次男、満足そうにうなずいてまた指をさす
「ん?」
「おひめさまだ」
ページをめくって「お!とーと!」大きな声で絵を指さして、見開いた目で私を見る
「あ、トマトかな?・・・リンゴかな?」
「ごー!」
「そうだね、これはリンゴだよね」
「ほお・・・ごー・・・」感心したようす。
またページをめくって「ごー!」
「あ、ここにもリンゴがあるね、よく見つけたね」
満足そうにまたページをめくって「わんわ!わんわ!」
「ほんとだ、わんちゃんだね、犬だね」
急いでページをめくって「まんま!」
「ご飯食べてるねー。」
「ん!」眠っている人の絵を指さして、次男は目を閉じてたおれる
「あ、この人ねんねしてるね。しゅんすけもねんねかな? 笑」
すぐに起き上がってページをめくって、はっとした顔で
「おん!・・・だいじ!」
次男が難しい顔で私と交互に見つめているのは、
ばらばらになった本が床に落ちて、踏みつけられようとしている絵だった。
「ああそうだね!本は大事だよね。しゅんすけはおりこうさんだ〜」
1歳5ヶ月の子にはその子なりの、世界の理解があるのだなと感じた。
本は大事なものだとわかってくれているようで、何よりだ。
この後も、羊や馬が出てきて次男はたいへん喜んでいた。
私が文を読まないで、次男に読んで(?)もらうのも、なかなか楽しい。



安野光雅の『きつねがひろったイソップものがたり』と『きつねがひろったグリム童話』は
ひねった構成が、大人も楽しめる絵本だ。
これは長男も次男もお気に入り。
各ページの大部分はイソップ物語やグリム童話の絵本になっていて、
欄外できつねの親子のストーリーが進んでいく。
きつねのコンくんがひろってきた絵本を、読んでとせがまれたとうさんキツネが
字を読めるふりをして、絵を見ながら適当にお話をつくって聞かせているのだ。
話がむちゃくちゃになりそうなところをまとめていくとうさんキツネは
ストーリーテラーぶりも素晴らしいが、
絵が下手でわからないと愚痴ったり、世間知があるところが垣間見えたり、
子どもに突っ込まれてごまかしたり、本編より面白い。
これは安野さんの親への愛情なんだろう。
きっと安野さんと息子さんは、こんな親子だったのだろう。


「キツネの子のコン君は、「とうさんもういちど、読んで」とせがみました。
 とうさんキツネは、「いちどしか読まない、ってやくそくだっただろ」と、
 いって、寝たふりをはじめました。
 なぜ、いちどしか読めないかわかるでしょう?
 でもコン君は、お話なんかどうでもよかったんです。
 その日はお休みだったから、とうさんにだかれて、
 耳もとでとうさんの声がしていれば、それだけで、よかったんです。」
       『きつねがひろったグリム童話 漁師とおかみさん』安野光雅より

親子にとっての絵本という意味は、この文章に集約されている気がして
私はいつも、こう書かれてある最後のページを読むと涙ぐんでしまう。
こんなたいせつなことをさらりと書いてしまう安野さんのことを
私は敬愛し、彼の言葉を本を読む道しるべとしている。
安野さんのことは、長男が生まれてから子どもの本を探しているときに
はじめて知ったので、この出会いをくれた長男に感謝している。
そして、共に安野さんの絵本を楽しめる幸せに感謝している。


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by Inahoadler | 2016-02-16 00:49
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