仲間であるために

息子の友達親子数人と出かけた日、
広場でストライダー(コマのない自転車)を借りて遊んでいた。
初めはストライダーに乗る子の後をみんなが列になって追いかけて、
順番に交代していたのだが
段々と1人の乗る時間が長くなり、
順番の回ってこない子たちは他の遊びを始めていた。

私がお友達のお母さんとしゃべっていると、Tくんが私のところに来た。
Tくんのお母さんは向こうにいるのに、なぜ私のところに来たのかなと思っていると
Tくん「ねえこうちゃんのお母さん、あのね、聞いてくれる?」
    怒っているようである。よく見ると半泣きだ。
私  「どうしたの?」
Tくん「あのね、こうちゃんがね、ずっと乗っていて、
    ぼくが貸してって言ってるのに、後でーって言ってずっと貸してくれないの!」
私  「あー、そうなんだ・・・」
   
息子は急いでTくんの後を追って、私たちのところへ来た。
お母さんどうする?ぼくのこと怒るの?まずいなあどうしようとハラハラした様子。
確かに息子は長い時間乗っているようだけど、これは子どもの課題ですね。
私の感情を確認すると、大丈夫、
息子に対しても、Tくんに対しても、陰性感情は見あたらない。
Tくんにも、困ったことを自分たちで話し合って解決することを
学んでもらえるといいな。

私  「Tくん、おばちゃんは見ていなかったから、よくわからないの。ごめんね。
    子どもたちでどうしたらいいか、お話し合いしてもらえるかな?」
Tくん 「ん〜・・・でもこうちゃんが・・・」
    
Tくんは私の行動が期待外れだったようで不満そうで、ちらっと息子の方を見る。
すると息子は私の顔を見ながらそおっとストライダーから降りて、
向こうの方へとゆっくり押して歩き始めた。
Tくんは息子の後を追って走って行った。
その後、私とTくんの側で成り行きを見守っていた他の子も交えて、
4人ぐらいでまたストライダーを交代で乗りながら遊び始めた。


独り占めしていることが悪いということは息子にもわかっていたようだから、
これは「不適切だと知りつつも利益があるから不適切な行動を続けている」
という状態だったのかな。
その利益は、ストライダーに乗れて楽しいということで、
でも、お友達と仲良く遊ぶことの方がいいと息子はわかって
(独り占めしているとお友達と仲良く遊べない
 という自然の結末(社会的な結末)を体験して学んでくれたのだ)
交代しながら遊ぶことを選んだのだと思う。
その後もこの独り占め事件については、息子と話したことはないけれど、
私があのとき、息子の不適切な行動に注目関心を与えなかったことで、
息子は私を仲間だとより強く思ってくれたような気がする。


今回のTくんのように、大人にこうやって告げ口をしてくる子どもって、
とても可愛いんだなあと初めて気づいた。
だって、私を仲間だと思ってくれているから告げ口をするのだ。
だからついついその子の肩を持ちたくなってしまうのだろう。
でも、多分話を聞いてあげることで、
十分に仲間なんだよとわかってもらえるのではないかと思う。

なぜならその後ストライダーで遊び終わってから、またTくんが私のところに来て
「ねえねえこうちゃんのお母さん、
 ちょっと赤ちゃんはぼくのお母さんに守ってもらって、
 ぼくとこっちに来て追いかけっこしようよ〜」
と誘ってくれたからだ。
疲れていた私は一緒に走ることは残念ながら辞退したけれど、
Tくんが私を仲間だと思ってくれていることを感じてとても嬉しかった。


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by Inahoadler | 2015-10-19 15:39
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