新しい椅子

新しい椅子を買って、食事のときに私が座っていると、
それに気づいた息子が
「そのお椅子、座ったらどんな感じなのか知りたくなっちゃったな〜」
と言った。
彼の理想としては、
「そう、じゃあ座ってみる?」と椅子を譲ってもらうことなんだろうけど、
私はこういう非主張的察してちゃん的な言い方に陰性感情を抱いてしまう。
私は彼に主張的に主張することを学んでもらおうと思った。


でも私は今少しいらっとしかけている。
いつものように「どうしてもらいたいのかはっきり言葉で言いなさい」
なんて怖く言ってはいけませんね。
子どもに学んでもらうためには、まずは子どもと仲間でいなければ。

私 「あ、お母さんが新しいお椅子に座ってるの気づいた?なかなかいい感じですよ」
息子「へえ〜ぼくもどんな感じか知りたいな〜」
私 「それは座ってみないとわからないだろうねえ」
   頑張って別の言い方をしてごらんと思いながらにやっと笑う。
息子「・・・」
   あれ、ちょっと期待外れなんですけどどうしましょ、という感じの顔をしている。
私 「・・・ねえねえ、こうすけがほんとにしてみたいことはなあに?」
息子「あのね・・・そのお椅子に座ってみたくなっちゃったな〜」
   お、ちゃんと何をしてみたいのか言ってくれた。
私 「そう、じゃあ座ってみたらいいよ♪」
息子「え?・・・わーい!」
   すまん息子よ、いつも私はあなたの希望に、すぐにいいよと答えてないのね。
   だからびっくりしたのね・・・
   だからすぐには主張的に言わないのかもね・・・
息子「じゃあご飯終わってから、お椅子交代してちょうだい!」
私 「え、ご飯終わってからでいいの?今交代してもいいよ。」
息子「ううん、今はご飯中ですので。次のご飯からぼくこのお椅子に座る〜」
私 「そっか、じゃあご飯終わったらお椅子の場所変えとくね。
   ご飯中にお椅子変えないなんて、お行儀がいいんですねえ。」


私としては、こんなに良い関係のままででやり取りが進むなんて
予想外の成功だったけれど、もう少し欲が出た。
「座ってみたくなっちゃったな〜」という言い方も、
まだ相手の過保護さを引き出すような感じがして非主張的な香りがするので、
「〜してほしいな」とか、「〜してくれるとうれしいんだけど」という
主張的なお願いの仕方を学んでもらえたらいいなと思い、
今の会話についてメタな会話を振ってみた。


私 「さっき、『どんな感じなのか知りたくなっちゃったな〜』って言ったよね。
   でもその言い方だと、
   『ああ、とても良い感じですよ』ってお椅子の感じを教えてもらって、
   それでお話が終わっちゃうかもしれないよね。」
息子「あはは・・・そうだね〜」
私 「それだとこうすけは、ずっとお椅子に座れないまんまだよね」
息子「うん・・・」
私 「でも、こうすけのしたいことをちゃんと言ってくれたら、
   ああこのお椅子に座りたいんだってわかるよね。」
息子「ふふ、ほんとだね」
私 「だから、お椅子に座りたいなって思ったら、
   ぼくも座りたいなって言ったらいいと思うよ。」
息子「うん、次のご飯からお椅子に座るの楽しみだな〜♪」


息子は主張的に話すということの意味をよく学んでくれたし、
私も学んでもらうためにはどうするべきかを学べた。
こんな風に会話できたのは初めてだったから、
今までは多分、人に言うこと聞かすためには大きい声を出した方がいいとか、
彼は私の不適切な行動からよけいなことを学んでいたのではなかろうか・・・
・・・精進あるのみです。

[PR]
# by Inahoadler | 2015-10-05 22:24 | Comments(0)

恐竜ブームの効能

長男(もうすぐ5歳)には今恐竜ブームがきている。
毎日恐竜について熱く語り、恐竜図鑑を読み、恐竜のDVDを見て勉強している。
折り紙で折るのも恐竜
しりとりも恐竜(〜サウルスが多すぎて続かないけど)
ドレミの歌も恐竜(ドはドロマエオサウルスのド♪)
幼稚園の砂場では友達と化石の発掘作業に忙しく、
拾った石を金槌で叩いて割って、中から化石を見つけている。
彼には雲の形もコーヒーのかすも、すべてが恐竜に見えるようだ。
自分の身長も家の大きさも、すべての大きさは恐竜との比較で認識。
次男(1歳)の数少ないボキャブラリーにも「ぎょーうー(恐竜)」。
とにかく毎日が恐竜なのである。


私たち夫婦は理系の生物系なので、
恐竜の進化の過程や生態など、一緒になってかなり楽しんではいるのだけれど、
生物学的に誤った話を言われると、
それは違う!とつい本気(ムキと読む)になってしまう。
しかし幼稚園児相手に、
生物の発生過程について、遺伝子の突然変異について、
正確な理解を求める方がおかしい。
しかも1億年も前の生物のこと。
最近の研究で、今までの恐竜の常識がどんどんくつがえされているところでもある。
そんな不確かな生き物のために、
親子でどちらが正しいかと競合するなんて馬鹿げているではないか。
(いやそれ以前にもかなりクレイジーなところがあるとは思うけど)


私は彼に何を学んでほしいのかというと・・・
正確な恐竜の知識、科学の知識を学んでもらいたいわけではない。
そんなことより、私たちは仲間だということを学んでもらいたい。
そして、事実には正誤があるけれど、意見は多様だということも学んでもらいたい。
だったら・・・
息子の大好きなティラノサウルスは、本当は一番大きな恐竜じゃないけど、
彼が「ティラノサウルスが一番大きい恐竜なんだよ!」
って言い始めても、陰性感情を使って
「違う違う。一番大きい肉食恐竜であって、草食恐竜にはもっと大きいのもいたよ」
と言うのはやめなければ。
(マニアックだし大人げないわ・・・お恥ずかしい)

ある日、また息子がティラノサウルスが一番大きいと言ったので、
そうか息子は大きいのがいいと考えるんだ、と、彼の考えを想像してみた。
するとかわいいなと思えて、笑顔で会話を続けられた。
私「そっかあ、ティラノサウルスが一番大きい恐竜だったらいいなと思ってるんだね」
息子「うん、だって、ティラノサウルスが一番強いんだもん」
私「強いのが好きなんだ〜」
息子「そうだよ、お母さんだって食べちゃうよ。げいーんっておうちも全部壊しちゃうよ!」
私「ひゃーこわい!」
息子「あ、おはなしだけどね。ほんとにはならないから大丈夫だよ。だって昔の動物だからね。」
そう、この子は強いものが大好き。破壊も大好き。
でも、実際の暴力は嫌いだし、怖がる相手を安心させる優しい子だ。
おはなしが大好きで、きちんと理屈を理解できる賢い子だ。

私が彼の発言の誤りを正そうと思っている限り、楽しく会話は続けられないのだ。
ほとんどの正しさなんて、きっと恐竜ぐらいあいまいなものだ。

ご飯とおかずを交代に食べることとか、テレビは一日に1つの番組だけとか、
そういう私の考える正しい育児のルールについても、
お行儀よく食べることとか、テレビから離れて見るとか、
そういう正しい共通感覚についてでさえも、
私が彼を正してやろうと思っている限り、私は仲間ではいられないのだ。
私たちが仲間であり、他のひとたちとも仲間でいられるように、
彼が人々と協力しあって生きていけるように、
そのために正しい物事を伝えていかなければならないのだから、
私が彼を裁いていてはいけない。

さらに、誤っていることを信じていたりしてしまったりすることは、
不適切な行動ではなくて失敗なのだから、
ただ正しいことを優しく教えていけばいいのだ。
私「そうだね、ティラノサウルスはすごく大きいね。でももっと大きい恐竜もいるよね〜」
息子「うん、アルゼンチノサウルスとかね!」
私「・・・ん?」
正しいのかどうかマニアックすぎてわからない母でした。


[PR]
# by Inahoadler | 2015-10-05 00:50 | Comments(0)

初心表明

1年半ほど前に書いた子どもとのエピソードを読み返したら
そこにはあまりに競合的で人を裁いてばかりの私がいた。
あのときは自分ではパセージをちゃんと実践できているつもりだったんだけど・・・
しかしこれはきっと、今の私がアドラー心理学をより理解して
より実践できるようになった証なのだと思い込むことにして、
日々のエピソードを記録してより学べるよう、このブログを始めることにした。


課題シートに書かれたパセージリーダーさんのコメントはさすがだった。
もちろん私の適切な行動に注目をしてくださるだけでなく、
私の失敗には、テキストの参考ページや代替案の方向性などを書いてくださって、
しかも私の根本的に非アドレリアンな構え方には一切触れることはなかった。

私はよく人がアドラー的でないということを裁くけれど、
それ自体がアドラー的かそうでないかという価値判断で、競合的態度なのである。
アドラー心理学の実践は、
お茶やお花や書道などと同じく、お作法の問題なのだろう。
いいとこを見せてやろうと背伸びする気持ちは、
人より優れたいという競合的なものであって、
そういう邪念雑念が入っては、良い書が書けるわけがないのである。

比べるのは過去の自分だけにしよう。
そしてそこから一歩でも二歩でも、先に進めた自分を認めてみよう。
不完全な私を認める勇気を持てるように。

[PR]
# by Inahoadler | 2015-10-04 22:34 | Comments(0)