男の世界と女の世界

活発な男の子である長男は、秋のある日
「男の子たちは群れをつくって、戦うんだよ。
 それでね、勝ったら女の子がもらえるんだよ」
と言った。
勝者は女の子がもらえる?!それはどうなんだと驚いた(というか腹が立った)
私は彼の話を聞いてみた。
私 「女の子がもらえるって、どういうこと?」
長男「あのね、戦いは、メスをめぐって戦うんだよ。
   だから勝った男の子は、女の子がもらえるの。」
私 「へえ・・・!カブトムシとかクワガタムシみたいなんだね・・・」
長男「そうだよ、ドラゴンごっこだからね。男の子たちはどかーんって戦うんだ!」
よかった、人間の世界の、勝者に女の子がなびくとか賞になるとかいうんじゃなくて、
メスをめぐる生物的なオスどうしの戦いの設定だったらしい。
(どっちにしても同じことではあるんだろうけど・・・私の陰性感情は消えた。)
彼の遊びの世界は現実から離れているわけではなくて、
自然界の法則に則っているらしい。
ドラゴンだけど(笑)


また冬のある日
長男「ぼく、Kちゃんをつけねらってたんだよ。
   それからしのびよっておそいいかかって秘密基地に連れ去ったんだ〜♪」
なかなかに物騒な単語が出てくるのでびっくりした私。
私 「え、Kちゃんは怖がったりしないの?」
長男「んー、怖がってはないと思います。
   Kちゃんは竹馬に乗ってて、ぼくはにらみつけてそ〜っとしのびよってたから、
   気づいてなかったかも。」
私 「へえ、そうなんだ・・・」
長男「それでね、笑って秘密基地についてきてくれたよ!」
私 「そうなんだ、Kちゃんが笑ってついてきてくれてよかったね。」
長男「うん、男の子達は肉食恐竜でね、女の子は草食恐竜だからつかまえてくるんだ。
   AちゃんとかMちゃんもつかまえたよ♪」
よくわからないけれど、長男のお仲間の恐竜男子たちとも
仲良くしてくれる女の子たちがいるようでよかった。


先日は、長男の服にべったりと灰色の絵の具がついていた。
私 「腕についてるのって絵の具?今日は何したの?」
長男「あ、絵の具ついちゃったみたい。あのね、今日は岩山つくったんだよ!」
私 「岩山?」
長男「うん、恐竜発掘の岩山だよ!」
私 「わあ、すごいね、みんなで作ってるの?」
長男「うん、AくんとかSくんとかTくんとかSちゃんとかと作ってるんだ♪
   ぼくが発掘現場の地図を作って、Aくんが発掘隊長で、
   みんなでハンマーとかでげいーん!って化石発掘するんだよ!」
私 「おおお〜すごい!いいねえ!」
どうやら彼の恐竜遊びが発展して、お友だちも交えて、
幼稚園の活動として採用されたようで、
園の保護者参観に合わせて準備をしているようだ。


保護者参観では、
オシャレグッズのお店屋さん、紙飛行機飛ばし場、お家の中のおままごとごっこ、化石発掘
の4つの遊びコーナーを子ども達が独自に考えて作って、
みんなで各コーナーを回って遊ぶというものだった。
子ども達が一生懸命に考えたり遊んだりしているのがわかり、
こんなに成長したんだなあと嬉しかった。

長男たちの化石発掘コーナーは、
恐竜や化石に対する考え方が子どもによって大きく異なったようで、
ジュラシックパークの影響で恐竜が好きになった子たちはサファリバス的な車を、
恐竜自体に興味がある子たちは恐竜を、
化石の発掘に興味がある子(多分長男)は発掘現場と発掘道具を、
というアイディアを出し合い、それらすべてを採用したようだった。
それで、段ボールで作った大きな(電車ごっこのような)保護色の車に乗って、
途中でティラノサウルスの親子をながめつつ(?)、
発掘現場に行って、ハンマーやドリルで化石を発掘する、
というコンセプトになったようだったが
他の保護者の方にはこの複雑なコンセプトを理解するのが難しそうだった(笑)

長男がお手製の「ドリルハンマー」で、
段ボールで作った岩山をガッツンガッツン叩きまくっているのを見たあるお母さんが
「・・・あの、けっこう激しいんですね」と驚いていらっしゃった。
「あ、あれは化石を発掘しているところらしいです(^^;)」と私が説明すると、
「そうなんですよ、化石掘り出すから力一杯なんです(笑)
 ちゃんと化石も作って、あの岩山の中に隠しているんですよ〜♪」と
先生も楽しそうに説明をしてくださった。
そのお母さん「はあ、化石を・・・」とまた驚いていらっしゃった。
そうですよね、化石発掘のコーナーの子ども達は、自分たちが遊ぶのに夢中で、
まったく遊び方とか設定の説明とかしていなくて、
さあみんな一緒に遊ぼう!とばかりに動き回っているばかりだったから・・・。
でもみんなほんとに楽しそうで、その世界に入り込んでいて、
いい子ども時代を過ごしているなあと私は思った。

他のコーナーの子ども達(特に女の子たち)は、
一応、ここでこうします、という説明をしたり、ルールがわかりやすいように工夫していた。
オシャレグッズのお店に遊びに行く順番が来ると、長男はすぐに開店を待つ列に並んだ。
ここではお店の女の子たちの手作りの
かわいい指輪とかネックレスとかブレスレットとかを売っていて、
待ちきれないお客さんの女の子たちが次々に長男を抜かしていく。
長男は大人しく抜かされて、黙って順番を待っていた。
さっきまで「それえーい!いくぞーーー!!」って叫んで
ハンマー振りかざして走り回っていた君はどこへ?!
やっとのことで指輪をゲットした瞬間、私のところへ走ってきて、
「お母さん!プレゼント!」と言って私の指に指輪をはめてくれた。
そうか、私のために並んでくれていたんだね、ありがとう。
私のことを女の子とみなしてくれていて、大変驚いた。
そして彼はプレゼントをゲットするためには、
女の子のルールに従わなくてはいけないこともきちんと知っているんだ。



男と女について、私が幼稚園年長のときの早期回想がある。
長男の男と女についての考えに関心をもっていたら、先ほど急に思い出した。

人形劇の「シンドバッドの冒険」を園で見に行く行事があった。
とってもおもしろくて、興奮した私は、後ろの席にいる仲良しのSちゃんに
「ロマンチックだねえ!」と感想を言った。
次の日の朝幼稚園に行くと、Sちゃんの隣の席で観劇していたYくんが
「おまえ、昨日シンドバッド見て『ロマンチックだね』って言ったやろ〜」
と笑いながら言ってきた。
私は恥ずかしくなって、あんなこと言わなければ良かったと思って、
「言ってないもん!」と言った。
Yくん「言ってたって!だってシンドバッドにお姫様が助けられて、
    おまえもお姫様になりたいって思ったんやろ?」
(今思うと、Yくんの方が「ロマンチック」という言葉の解釈が正しかったのだけど、
 私は、「わくわくしてめっちゃおもしろいね!」という意味で「ロマンチック」と言った。
 それにお姫様に感情移入していたのではなかったので、Yくんの台詞は心外でびっくりした。)
私 「え、私お姫様なんかなりたくないもん!」
Yくん「嘘つき!ぜったいお姫様になりたいって思ってるやろ!」
私 「思ってへん!だって私シンドバッドになりたいんやもん!」
Yくん「はあ?嘘やで!女の子はみんなお姫様になりたいもんやで。Mもそう言ってたで!」
私 「でもお姫様なんかなりたくないもん。」
Yくん「へえ〜じゃあおまえシンドバッドになってみろよ!
    おれあのお姫様さらったやつになったるから!おれのこと倒せへんやろ?」
私 「倒せるわ!」
Yくん「じゃあやってみろよ!シンドバッド!」
それから私とYくんはつかみ合いの取っ組み合いをして、私が床に倒れた。
Yくんは「ほらな、女は男には勝てへんねん」と言って、去って行った。
私はとても悔しかった。
でも、シンドバッドにはなれなくてもお姫様にはなりたくないって思った。

わあ、この早期回想は今の私をそのまま表している・・・
あまりに話が長くなりそうなので今は深くは立ち入らないことにするけれど、
とにかく、私は「女は男に助けられなければ生きられない弱いもの」という
男女観が一般的らしいが、私はそうは思えないと、突っ張ってきたところがある。
私はふつうの女の子じゃないんだって、良くも悪くも感じながら生きてきた。
こんな私が、結婚をして子どもを産み、
母になれたんだなと思うと、とても感慨深い。
そして、おそらくどうしてもわかりあえない異質な男という性の子どもたちと
共に暮らすようになったこの巡り合わせを、嬉しくも不思議に思うのだ。

このような思いがあるから、私は長男の男女観について、
ときに陰性感情を抱くこともある。
男と女はどこまで違うんだろう?


さて、つい先日、
「もし泥棒が来たらね、ぼくは、男の子仲間たちを集めて、
 武器を持って戦うんだ!
 女の子たちは、群れの真ん中に囲んで、守るんだ!」
と長男は言った。
彼にとって男の子とは、群れで一致団結して動く自分の仲間たちで、
女の子とは、かわいらしいものが好きで、男の子より体力的には弱い守るべき存在で、
でも一緒に過ごすためには、彼女たちの独自のルールを守らないと怖い存在、
そんな風に定義されているようだ。
長男が、男と女は、違っていても協力しあう人たちなんだと
そう思っているとわかって嬉しかった。



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# by Inahoadler | 2016-03-02 22:39 | Comments(2)

いつでも居場所があるように


我が家のお風呂の栓は、浴槽の上側についているプッシュ栓で、
力を入れて押したらお湯が抜ける仕組みだ。
この銀色にピカピカ光る丸いボタンは、
次男にとってはとても魅力的で(そりゃそうだろうね)よく触ろうとする。
応用編受講以前の私は、「それは触らないでね、お湯が抜けちゃうからね〜」
と言って次男の手を別のおもちゃの方へ動かしたり、
ボタンに触れないところに次男を移動させたりしていた。
しかし、1才半の子にとって、このボタンの魅力は抗いがたいものだろうし、
次男がちょっと押したぐらいではお湯は抜けなさそうだし、
お湯が多少流れてしまったところで、栓をもう一度したらすぐに解決することなので
私はこのことを不適切な行動だと判断しないことにした。


お風呂の栓を嬉しそうに触っている次男。
うんうん、お湯も抜けてないし、嬉しそうだしよかったよかったと思った瞬間、
長男が「しゅんすけ、それは触っちゃだめだよ!」
と言って次男の手をはらった。
支えにしていた手をはらわれたので、浴槽の中の次男はバランスを失った。
次男の体はずっと私が支えていたので、そのままお湯の中に座らせてなにごともなく、
次男はちょっとびっくりした顔をしただけだった。
私の陰性感情は−2。

しかし長男がなぜ次男の手をはらったかというと、
彼はお風呂のお湯が抜けてしまわないように、
私が今まで次男をお風呂の栓から遠ざけてきた代わりを務めようとしたのだ。
彼の目標は協力的で、対処行動が次男にとって危険だっただけ。
これは彼の失敗だ。
ではここで私がすべきことは?
・・・とここまで考えている間に陰性感情は消えていた。
長男を見ると、しまったという顔をしているではないか。
自分が失敗したことをきちんとわかっている。

私 「こうすけ、今、しゅんすけがお風呂の栓触らないようにしてくれたんだね。」
長男「うん、だってお湯がなくなっちゃったらみんな風邪ひいちゃうからね。」
私 「そっか、そう考えてくれたんだ。
   でも、お湯がなくなっちゃうのと、しゅんすけがおぼれちゃうのだったら、
   どっちがたいへん?」
長男「あ、しゅんすけがおぼれちゃう方!」
   泣きそうな顔になる長男。あー怒らないでよかった・・・。
私 「そうだよね、お風呂の中はすべりやすくて危ないから、
   しゅんすけがおぼれないように気をつけてくれるかな?
   お湯はね、すぐには全部なくならないから、
   しゅんすけがいたずらしても、また元通りにしたら大丈夫だからね。」
長男「うん、わかった。」
   長男は次男の頭をなぜた。
   次男はすごく嬉しそうに笑った。


もし私が怒ってしまっていたら、長男はどんなに居場所をなく感じただろうと思って、
私はアドラーを知っていてよかったと本当に感謝した。
今まで私はたくさん失敗してきたけど、もう同じ失敗はしないから。

長男も次男も、私にとって同じだけ大切なのに、
・・・次男が浴槽ですべりかけたことと、長男が私との間に居場所を失うことと、
どっちがたいへん?



やっと、長男とよい関係が築けてきたと思う。
それは彼の穏やかな顔を見ていればわかる。
そして長男が私を気遣ってくれることがとても増えたようにも思う。
長男が次男のことをよりかわいがってくれているようにも思う。
もしかすると、私が気づいていなかっただけなのかもしれないけれど。

私が昨日けがをした指に貼っているばんそうこうを見て
長男「お母さん、そのけがきっともう治ったと思うよ。」
私 「そうだね、もう痛くないからね。」
長男「あのね、そーっとはがすと痛くないよ。べりってやったら痛いからね。」
私 「ありがとう。後でそーっとはがすわ(^^)」
長男「ぼくも指にガムテープが貼り付くことよくあるんだけど、
   そーっとはがして、丸めてばしんって指からはじいて取るんだよ、
   そうしないと、いたっ!てなるんだよ!」
そうやって丸めてはじかれたガムテープのその後の行方の方が
私にとっては興味のある問題ではあったのだけれど・・・。
今は彼の優しさをありがたく感じ、
「粘着テープをいかにしてはがすか」という彼の関心に関心をもつことの方が
きっと私たちにとって大切だと思い、
私の興味についてはまた別の機会に話をしようと考え直した。


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# by Inahoadler | 2016-02-27 00:53 | Comments(2)

彼の目標

この土日に、アドラー心理学基礎講座の応用編前半を受講した。
まだまだ私は意識的上手未満のアドレリアンだなあと実感し、
理屈はわかるようになっているのに、
感情を使って子どもを操ろうとしている自分がまだいることに気づいた。
長男は夫と2泊3日の留守番をしてもらっていたので、
受講中はまったく陰性感情を使う必要のない次男とのつきあいだけで
ひじょうに平穏な生活だったが、帰宅してからが本番だぞ、と気合いを入れて帰った。


さあご飯を食べようというときに
「お母さんこれ見て!ティラノサウルス!目も光るんだよ!」
と、私の留守中に作ったものを持ってくる長男。
 ティラノサウルスの目よりも、君の瞳が輝いてるよ・・・
私 「そうなんだ、かっこいいね!」
長男「この目は、ガムの包み紙なんだよ!それでね、口も動くよ!」
 これから2週間後の応用編後半までの宿題は、「相手の関心に関心をもつこと」にしよう。
私 「ほんとだ〜(^^)」
長男「いいでしょ(^^)」
私 「うん。・・・ご飯食べよっか。」
長男「うー・・・うん、そうですね。」

ああ、私の心に何もひっかかりを感じない。
長男はご飯より何より、私にティラノサウルスを見てもらいたかったんだ。
きっと彼には、ご飯よりも大切なことが何かしらあるから、
「ご飯だよ」に対して「ご飯食べない」という表現をしてしまうだけなのだろう。
私とその大切なことを共有できたら、多分彼はご飯に意識を向けられるんだろう。
そして「早く食べようよ」「もうちょっと待って」の繰り返しにかかっていた時間は、
私が彼の「見て!」につきあう時間よりも長い。


またある日の夜ご飯
私 「ご飯できたよ、食べよう」
長男「んーちょっと待って」
私 「しゅんすけもお母さんもお腹空いてるから食べるよ。」
長男「先に食べてて、ぼくこれやってから行く」
私 「・・・あったかいうちに食べてほしいんだけどね。まあいいや。いただきます」
長男「どうぞ〜」
 私と次男が食べているところに長男が歯車のおもちゃを持ってくる
長男「見てみて、すごいのできたよ!これ重なったままぐいんってなるよ!」
私 「うん、ご飯終わってからゆっくり見せて(^^)」
長男「えー今見て。チラって見るだけでいいから!」
   今までだったら「見てはいけない」って思っていたけど、
   長男が期待のこもった目で私を見つめていてひじょうにかわいいのですね。
   しかも私に陰性感情はない。もちろん彼にもない。
   ーこのまま私が彼のこの(ほんとにほんとに些細な)お願いをきかなければ、どうなりますか?
   きっと彼は不機嫌になり、私も嫌な気分になるでしょう。
   そしてご飯のことがまた権力闘争の材料になるでしょう。
私 「・・・ちらっ(笑)」
   と言って長男の手元を見た。
長男「(^^)」
   満足そうに微笑んで去って行った。
   それから長男はおもちゃを片付けて、「ぼくもご飯食べま〜す!」と言って
   手を洗って食卓についた。

ああ、彼が望んでいることは、私と楽しい時間を過ごすことなんだ。
彼はどんなときでも、私と楽しく過ごそうとしている。とても協力的な目標だ。
でも楽しく過ごすためには、時間を守ることも大事だよって、
そういう話し合いの仕方をしていけばいいんだ。

今まで私がこだわっていたことが、競合的な目標だったのかもしれない。
私がご飯を食べるよって決めた時間に食べることだとか、
私がお風呂に入るよって決めた時間に入ることだとか・・・。
でも楽しくご飯を食べて楽しくお風呂に入るためには、
彼のやりたいことや見てほしいこと、と折り合いをつけていくことが大切なのかもしれない。
アドラー心理学を使って、
決められた時間に決められたことをできるような子どもに育てる
っていうのは、多分間違った使い方だ。


・・・ここにきてやっと、「どんなときでもプラスを見」れるようになってきた。
長男はいつも良い意図をもって、協力的目的に向かって行動している。
目的が競合的なのは私の方だったから、衝突が起こっていたのだ。
まったく、アドラー心理学の公式通りだ。
理屈をわかり、実践し続けること。
ようやく正しいアドレリアンの構えができたかな・・・
   

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# by Inahoadler | 2016-02-24 23:15 | Comments(4)

絵本のある風景

最近はあまりパセージを意識をしないでも長男と問題なく過ごせている。
しかしそれは、劇的なエピソードがないということでもある。


私も夫も本を読むのが好きで、もともと家には本が多いのだが
長男が生まれてからは子どもの本も集めるようになった。
冬の間は特に家に閉じこもることが多いので、本を読んであげる時間が長くなるのだが
一冬ごとに長男の読書の成長が感じられてとても嬉しい。
おもしろがって聞いていても、実は内容を理解していないことも多いようだけれど。
というより、内容を理解していなくても、子どもは絵本を楽しめるようだ。


最近の長男のお気に入りは昔話だ。
世界の民話やグリム童話、アンデルセン童話、イソップ物語など。
挿絵程度の絵しかなくても、
少し抽象的なおとぎ話や寓話が楽しめるようになってきたようすだ。
そして、私が家事をしたり、寝る時間になってしまって読むのを中断すると、
いつの間にか自分で続きを読むようになった。

最近はおやすみを言って自分の部屋でひとりで寝ているのだが、
どうやらしばらくベッドの中で本を読んで過ごしているらしい。
朝起きられなくて困るのは彼の課題なので、何も言わずにいると、
ぱさっぱさっというページのめくれる音が聞こる。
昨晩などは20時過ぎにベッドに入ってから、1時間近くも音がしていた。
外は雪が降っていて、あたたかい毛布にくるまって、
初めて読む本に心がおどって、夜更かしのハラハラする気分も心地よくて・・・
その楽しみを私は知りすぎているから、静かに別の部屋で私も本を読んだ。
珍しく、未読の小説が読みたくなって、
アンデルセンの『即興詩人』を読み始めたら夢中になってしまった。
森鴎外の文語訳を安野光雅が口語訳したものを、以前買っていたのだ。
寝息の聞こえる長男の部屋に行くと、
ベッドの下には数冊の本が山をなしていて、アンデルセンの童話集もあった。
ひとつの本を一緒に読むのも幸せだけど
同じ時間に同じ作者の物語を読んでいたんだなと思うと、より幸せに感じられた。



次男も、彼なりに絵本を楽しんでいる。
本を本棚から引っ張り出すことを楽しんでいた時期を経て
絵本の絵に意味があることがわかってきた最近は、
赤ちゃん向けの絵本よりは
もう少しお兄ちゃんが読むようなお話の絵本の方が好きらしい。
『どろんこハリー』や『ゆうびんやのくまさん』、『番ねずみのヤカちゃん』など
犬、クマ、ネコ、ねずみなどの動物が出てくると
「わんわん!にゃー!」とページごとに感動してくれる。
乗り物も大好きなようで、
長男もぼろぼろ・びりびりになるまで読み込んでいた
山本忠敬の「ぶーぶーじどうしゃ」「ずかん じどうしゃ」は、
ひとり静かに、むずかしい顔をして読んでいる。
そしてスズキコージの『エンソくんきしゃにのる』は
汽車とひつじが出てくるので、大のお気に入りだ。
本棚から目的意識を持って本を次々に引っ張り出しているときは、
たいていがエンソくんを探していると見て間違いがない。

また、目新しい本を私と一緒に読むのも好きなようだ。
今日は長男が私に読んでもらう本を探しているすきに、
私のお腹の上に『ねむれない王女さま』を持ってのぼってきた。
「ん?ん?」絵を指さしてこれは何だと催促。
「あ、王さまだね」
次男、満足そうにうなずいてまた指をさす
「ん?」
「おひめさまだ」
ページをめくって「お!とーと!」大きな声で絵を指さして、見開いた目で私を見る
「あ、トマトかな?・・・リンゴかな?」
「ごー!」
「そうだね、これはリンゴだよね」
「ほお・・・ごー・・・」感心したようす。
またページをめくって「ごー!」
「あ、ここにもリンゴがあるね、よく見つけたね」
満足そうにまたページをめくって「わんわ!わんわ!」
「ほんとだ、わんちゃんだね、犬だね」
急いでページをめくって「まんま!」
「ご飯食べてるねー。」
「ん!」眠っている人の絵を指さして、次男は目を閉じてたおれる
「あ、この人ねんねしてるね。しゅんすけもねんねかな? 笑」
すぐに起き上がってページをめくって、はっとした顔で
「おん!・・・だいじ!」
次男が難しい顔で私と交互に見つめているのは、
ばらばらになった本が床に落ちて、踏みつけられようとしている絵だった。
「ああそうだね!本は大事だよね。しゅんすけはおりこうさんだ〜」
1歳5ヶ月の子にはその子なりの、世界の理解があるのだなと感じた。
本は大事なものだとわかってくれているようで、何よりだ。
この後も、羊や馬が出てきて次男はたいへん喜んでいた。
私が文を読まないで、次男に読んで(?)もらうのも、なかなか楽しい。



安野光雅の『きつねがひろったイソップものがたり』と『きつねがひろったグリム童話』は
ひねった構成が、大人も楽しめる絵本だ。
これは長男も次男もお気に入り。
各ページの大部分はイソップ物語やグリム童話の絵本になっていて、
欄外できつねの親子のストーリーが進んでいく。
きつねのコンくんがひろってきた絵本を、読んでとせがまれたとうさんキツネが
字を読めるふりをして、絵を見ながら適当にお話をつくって聞かせているのだ。
話がむちゃくちゃになりそうなところをまとめていくとうさんキツネは
ストーリーテラーぶりも素晴らしいが、
絵が下手でわからないと愚痴ったり、世間知があるところが垣間見えたり、
子どもに突っ込まれてごまかしたり、本編より面白い。
これは安野さんの親への愛情なんだろう。
きっと安野さんと息子さんは、こんな親子だったのだろう。


「キツネの子のコン君は、「とうさんもういちど、読んで」とせがみました。
 とうさんキツネは、「いちどしか読まない、ってやくそくだっただろ」と、
 いって、寝たふりをはじめました。
 なぜ、いちどしか読めないかわかるでしょう?
 でもコン君は、お話なんかどうでもよかったんです。
 その日はお休みだったから、とうさんにだかれて、
 耳もとでとうさんの声がしていれば、それだけで、よかったんです。」
       『きつねがひろったグリム童話 漁師とおかみさん』安野光雅より

親子にとっての絵本という意味は、この文章に集約されている気がして
私はいつも、こう書かれてある最後のページを読むと涙ぐんでしまう。
こんなたいせつなことをさらりと書いてしまう安野さんのことを
私は敬愛し、彼の言葉を本を読む道しるべとしている。
安野さんのことは、長男が生まれてから子どもの本を探しているときに
はじめて知ったので、この出会いをくれた長男に感謝している。
そして、共に安野さんの絵本を楽しめる幸せに感謝している。


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# by Inahoadler | 2016-02-16 00:49 | Comments(0)

予期せぬ意図

最近は比較的穏やかに日々を過ごせているのだが、
ときどき不思議なできごとに遭遇する。


床の上や机の端に、ときどき小さな小さな水たまりを発見することが続いた。
はじめは次男のよだれかな?と思ったが、
次男の届かない場所にも発見したので、どうやら犯人は違うようだった。
また水たまりを見つけたときに
「こうすけ、ちょっと来てちょうだい」と現場に呼んでみた。
長男「どうしたの?」
私 「これ、何かわかる?なんかぬれてるんだけど」
長男「あ、それは・・・」 
   しまったまずいぞという顔。私は少しいらいらした。
私 「何なんだろう?」
長男「あのね、それは、つばだと思います。」
   神妙な顔をして答えるのでふきだす私。
私 「そうなんだ、床の上につばがあるのは汚いから、きれいにしとこうね。」
長男「うん!」

ところがその後数日、何回もつばを発見してしまい、
見つけるたびに長男に「つばを落とすのはお家が汚れるからやめてね」
と言ったのだが、まったく効果がない。
そして私はだんだんと陰性感情を持ち、しつこくやめなさいと言ってしまっていた。

どうしたらいいんだろうと悩んでいたある日、
現場をおさえることができた。
本を読んでいた長男は、口の中につばをためていて、
そのつばでぶくぶくと音を立てて遊んでいたのだ。
私 「こうすけ!ちょっと!つばで遊ばないでよ!」
長男「あ!・・・ごめんなさい。」
私 「もう・・・そんなんしてたらそら落ちるわ。つば落ちたら汚いでしょ?」
長男「うん、だから落ちないように気をつけてたんだけど・・・」
   ・・・いやいやそういう問題じゃないだろう(@@)
私 「・・・あの、なんでそんなことしてるの?面白いの?」
長男「あのね!ぼく、シャボン玉作ろうとしてたの!」
   なんということでしょう・・・長男は目をきらきらさせて教えてくれた。
   私は笑うしかなかった。
私 「そうかー・・・そうやっててシャボン玉つくれたら面白いね(笑)」
長男「上手に大きいの作れるときもあるんだよ!」
   そうか、それでいろんな大きさの水たまりがあったわけね・・・
私 「うう・・・じゃあね、これからはお風呂場でやってくれるかな?
   お風呂なら、つば落ちちゃってもいいから。」
長男「うんわかった!お風呂なら大丈夫だね〜」

謎は解けた。
彼は床の上につばを吐くという不適切な行動をしていたのではなかった。   
シャボン玉をつくろうとして失敗していた結果だったとは。
とても推理がおよばないので、子どもの話を聞かねばなりません。



またある日は、
長男が両面テープをケースからどんどん長く引き出しているのを見つけた。
「ちょっとこうすけ!何してるの?!」
よく見ると、一巻きのガムテープの周りにぐるりと両面テープを貼り付けている。
長男「え?・・・」 私の大声にびっくりして止まる長男。
私 「ガムテープに両面テープ貼ったら・・・どっちも使えへんやん・・・」
   脱力する私。
長男「ちがうよ、使うんじゃなくてね、このまま転がそうとしてたの。」
私 「はあ・・・」 
長男「それで、こっちのもつけたら綱渡りみたいでおもしろいかなって思って・・・」
   なんと長男は両面テープをふた巻き持っていた。
   ガムテープは両面テープにぐるぐる巻かれてミイラみたいになっている。
私 「・・・面白いこと考えるねえ・・・。でも、両面テープもガムテープも、
   工作に使うためにお父さんが買ってきてくれたでしょ。
   そうやって遊ぶのはもったいないから、ものをひっつける以外には使わないでくれるかな。
   それ、元に戻せる?」
長男「あ、そうか。じゃあしまおうっと〜」
私 「ありがとう。」

長男は器用に両面テープをすべて巻き取って、ケースの中にしまった。
ガムテープも無傷だった。
そう、長男に悪い意図はまったくない。
以前、床に両面テープがべったり貼り付いていて長男を怒ってしまったことがあったけど、
きっとあれも、何か私には想像もできない楽しい遊びを思いついて、
失敗してしまった結果だったのだろう。



またある日、ピアノの教室で
先生が、「では弾いてください」と仰ったのに、
長男はピアノに向かって、手をひざの上に置いたまま、
返事もしないで弾こうとしない。
「ん?弾いてくださいね」と促す先生。
黙ったまま動かない長男。
しばらく沈黙が続く。
「では、弾けるようになるまで待っていますね」と声をかけられて、
先生はピアノから離れた。
またしても続く沈黙。
私は努めて空気になろうと努力した。
しばらくして、急に長男はピアノを弾き始めた。
先生はピアノに近寄って、またレッスンを続けてくださった。
それから先生は
「あ、そうか、こうちゃんはこのピアノの中が気になったのかな?
 それじゃあ見てみましょうか。
 こうやって鍵盤を弾くと、このハンマーがあそこの弦を叩くのがわかる?」
と仰って、ピアノの仕組みを説明してくださった。
長男はとても嬉しそうにピアノの中をのぞいていた。

数日後、とても仲良くご飯を食べていた日に
何気なく聞いてみた。
私 「こないだのピアノのとき、先生が『弾いてください』って言ったとき、
   すぐに弾かないでじーっとしてたことあったよね。」
長男「ああ、こないだね、うん。」
私 「あれは、何をしていたの?」
長男「あれね、ぼく、音を間違えないように楽譜をよーく覚えとこうって
   よーく見てたんだよ〜」
   長男はとても楽しそうに答えた。
   ああそうか、やっぱりあのとき彼は、
   自分が不適切な行動をしているなんて思ってなかったんだ。
私 「そうだったんだ!一生懸命楽譜を見てたんだね。」
長男「うん、だって上手に弾きたいからね!」
私 「そうだね。こうすけはピアノ弾くの大好きだもんね。
   ・・・でも、あのときこうすけは弾いてくださいって言われたのに
   お返事しなかったでしょ。
   それで黙ってじーっとしてたでしょ。
   そうしているとね、先生は、こうすけはピアノ弾きたくないのかな?って思っちゃうよ」
長男「え?!」
私 「だから先生はあのとき、お椅子の方に行って待ってたでしょ。」
長男「うん、どうしてなのかなって思ってた。」
私 「たぶん、こうすけがピアノ弾きたくなるのを待ってたんだと思うよ。
   ピアノ弾きたくないのかな?おかしいなって思ってたんじゃないかなあ」
長男「な、なんと・・・」
私 「なんとじゃないよ〜(笑)
   弾いてくださいって言われて、はいってお返事していたら、
   ああピアノ弾く気はあるんだなってわかるし、
   楽譜をよく見たいんだったら、ちょっと待ってください楽譜を見ますって
   言えば、ああ楽譜をゆっくり見てから弾くんだなってわかるんだけど、
   何も言わないで黙ってじっとしてたら、
   こうすけが何を考えているのか誰にもわからないんだよ。」
長男「へえ、そうなんだ・・・」
私 「それで、先生はこうすけが何を考えていたのかなあって考えて、
   あ、こうすけはピアノの中が気になって弾かなかったのかな?って思って、
   ピアノの中を一緒に見てくれたんだと思うよ。」
長男「そっかあ。ピアノの中も気になったから、合ってたよ!」
私 「うん、楽しそうだったね。先生こうすけのことよくわかってくれるね。
   でも、こうすけもお返事しようね。
   先生に何か聞かれたときとか、いいですねとか言ってもらっても、
   いっつも黙って首を上に上げて嬉しそうにしてるだけやん。」
長男「うん(笑)」
私 「もうちょっとはっきりお返事した方がいいと思うけどね〜」
長男「そうだねえ・・・考えておきます。」

あのピアノ教室での沈黙が、私には息の詰まる時間だったのだけど
どうやら長男にとっては、そうではなかったようだ。
そのことは良かったなと思った。
先生が静かに待ってくださったのも、ほんとうにありがたかった。

長男が先生のことを大好きなのはよくわかるのだけど、
だったら照れないで返事くらいしてくれと思うのだけど、
大好きだからこそ返事ができず、そして誤解されてしまうわけで、
まあそれはそれで仕方のないことなのかもしれない。
彼には自然の結末を体験してもらって、
どうすれば円滑な人間関係を築けるのか、自分で工夫していかなければね。
そう考えている私だって、よい人間関係を築くためには
いつも試行錯誤して失敗を重ねているわけだ。

人の意図はかくも読めない。
だから人の話を聞くというのはとても面白い。
まったく別の世界が、他の人の目には見えているのだから。



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# by Inahoadler | 2016-01-18 23:17 | Comments(0)