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予期せぬ意図

最近は比較的穏やかに日々を過ごせているのだが、
ときどき不思議なできごとに遭遇する。


床の上や机の端に、ときどき小さな小さな水たまりを発見することが続いた。
はじめは次男のよだれかな?と思ったが、
次男の届かない場所にも発見したので、どうやら犯人は違うようだった。
また水たまりを見つけたときに
「こうすけ、ちょっと来てちょうだい」と現場に呼んでみた。
長男「どうしたの?」
私 「これ、何かわかる?なんかぬれてるんだけど」
長男「あ、それは・・・」 
   しまったまずいぞという顔。私は少しいらいらした。
私 「何なんだろう?」
長男「あのね、それは、つばだと思います。」
   神妙な顔をして答えるのでふきだす私。
私 「そうなんだ、床の上につばがあるのは汚いから、きれいにしとこうね。」
長男「うん!」

ところがその後数日、何回もつばを発見してしまい、
見つけるたびに長男に「つばを落とすのはお家が汚れるからやめてね」
と言ったのだが、まったく効果がない。
そして私はだんだんと陰性感情を持ち、しつこくやめなさいと言ってしまっていた。

どうしたらいいんだろうと悩んでいたある日、
現場をおさえることができた。
本を読んでいた長男は、口の中につばをためていて、
そのつばでぶくぶくと音を立てて遊んでいたのだ。
私 「こうすけ!ちょっと!つばで遊ばないでよ!」
長男「あ!・・・ごめんなさい。」
私 「もう・・・そんなんしてたらそら落ちるわ。つば落ちたら汚いでしょ?」
長男「うん、だから落ちないように気をつけてたんだけど・・・」
   ・・・いやいやそういう問題じゃないだろう(@@)
私 「・・・あの、なんでそんなことしてるの?面白いの?」
長男「あのね!ぼく、シャボン玉作ろうとしてたの!」
   なんということでしょう・・・長男は目をきらきらさせて教えてくれた。
   私は笑うしかなかった。
私 「そうかー・・・そうやっててシャボン玉つくれたら面白いね(笑)」
長男「上手に大きいの作れるときもあるんだよ!」
   そうか、それでいろんな大きさの水たまりがあったわけね・・・
私 「うう・・・じゃあね、これからはお風呂場でやってくれるかな?
   お風呂なら、つば落ちちゃってもいいから。」
長男「うんわかった!お風呂なら大丈夫だね〜」

謎は解けた。
彼は床の上につばを吐くという不適切な行動をしていたのではなかった。   
シャボン玉をつくろうとして失敗していた結果だったとは。
とても推理がおよばないので、子どもの話を聞かねばなりません。



またある日は、
長男が両面テープをケースからどんどん長く引き出しているのを見つけた。
「ちょっとこうすけ!何してるの?!」
よく見ると、一巻きのガムテープの周りにぐるりと両面テープを貼り付けている。
長男「え?・・・」 私の大声にびっくりして止まる長男。
私 「ガムテープに両面テープ貼ったら・・・どっちも使えへんやん・・・」
   脱力する私。
長男「ちがうよ、使うんじゃなくてね、このまま転がそうとしてたの。」
私 「はあ・・・」 
長男「それで、こっちのもつけたら綱渡りみたいでおもしろいかなって思って・・・」
   なんと長男は両面テープをふた巻き持っていた。
   ガムテープは両面テープにぐるぐる巻かれてミイラみたいになっている。
私 「・・・面白いこと考えるねえ・・・。でも、両面テープもガムテープも、
   工作に使うためにお父さんが買ってきてくれたでしょ。
   そうやって遊ぶのはもったいないから、ものをひっつける以外には使わないでくれるかな。
   それ、元に戻せる?」
長男「あ、そうか。じゃあしまおうっと〜」
私 「ありがとう。」

長男は器用に両面テープをすべて巻き取って、ケースの中にしまった。
ガムテープも無傷だった。
そう、長男に悪い意図はまったくない。
以前、床に両面テープがべったり貼り付いていて長男を怒ってしまったことがあったけど、
きっとあれも、何か私には想像もできない楽しい遊びを思いついて、
失敗してしまった結果だったのだろう。



またある日、ピアノの教室で
先生が、「では弾いてください」と仰ったのに、
長男はピアノに向かって、手をひざの上に置いたまま、
返事もしないで弾こうとしない。
「ん?弾いてくださいね」と促す先生。
黙ったまま動かない長男。
しばらく沈黙が続く。
「では、弾けるようになるまで待っていますね」と声をかけられて、
先生はピアノから離れた。
またしても続く沈黙。
私は努めて空気になろうと努力した。
しばらくして、急に長男はピアノを弾き始めた。
先生はピアノに近寄って、またレッスンを続けてくださった。
それから先生は
「あ、そうか、こうちゃんはこのピアノの中が気になったのかな?
 それじゃあ見てみましょうか。
 こうやって鍵盤を弾くと、このハンマーがあそこの弦を叩くのがわかる?」
と仰って、ピアノの仕組みを説明してくださった。
長男はとても嬉しそうにピアノの中をのぞいていた。

数日後、とても仲良くご飯を食べていた日に
何気なく聞いてみた。
私 「こないだのピアノのとき、先生が『弾いてください』って言ったとき、
   すぐに弾かないでじーっとしてたことあったよね。」
長男「ああ、こないだね、うん。」
私 「あれは、何をしていたの?」
長男「あれね、ぼく、音を間違えないように楽譜をよーく覚えとこうって
   よーく見てたんだよ〜」
   長男はとても楽しそうに答えた。
   ああそうか、やっぱりあのとき彼は、
   自分が不適切な行動をしているなんて思ってなかったんだ。
私 「そうだったんだ!一生懸命楽譜を見てたんだね。」
長男「うん、だって上手に弾きたいからね!」
私 「そうだね。こうすけはピアノ弾くの大好きだもんね。
   ・・・でも、あのときこうすけは弾いてくださいって言われたのに
   お返事しなかったでしょ。
   それで黙ってじーっとしてたでしょ。
   そうしているとね、先生は、こうすけはピアノ弾きたくないのかな?って思っちゃうよ」
長男「え?!」
私 「だから先生はあのとき、お椅子の方に行って待ってたでしょ。」
長男「うん、どうしてなのかなって思ってた。」
私 「たぶん、こうすけがピアノ弾きたくなるのを待ってたんだと思うよ。
   ピアノ弾きたくないのかな?おかしいなって思ってたんじゃないかなあ」
長男「な、なんと・・・」
私 「なんとじゃないよ〜(笑)
   弾いてくださいって言われて、はいってお返事していたら、
   ああピアノ弾く気はあるんだなってわかるし、
   楽譜をよく見たいんだったら、ちょっと待ってください楽譜を見ますって
   言えば、ああ楽譜をゆっくり見てから弾くんだなってわかるんだけど、
   何も言わないで黙ってじっとしてたら、
   こうすけが何を考えているのか誰にもわからないんだよ。」
長男「へえ、そうなんだ・・・」
私 「それで、先生はこうすけが何を考えていたのかなあって考えて、
   あ、こうすけはピアノの中が気になって弾かなかったのかな?って思って、
   ピアノの中を一緒に見てくれたんだと思うよ。」
長男「そっかあ。ピアノの中も気になったから、合ってたよ!」
私 「うん、楽しそうだったね。先生こうすけのことよくわかってくれるね。
   でも、こうすけもお返事しようね。
   先生に何か聞かれたときとか、いいですねとか言ってもらっても、
   いっつも黙って首を上に上げて嬉しそうにしてるだけやん。」
長男「うん(笑)」
私 「もうちょっとはっきりお返事した方がいいと思うけどね〜」
長男「そうだねえ・・・考えておきます。」

あのピアノ教室での沈黙が、私には息の詰まる時間だったのだけど
どうやら長男にとっては、そうではなかったようだ。
そのことは良かったなと思った。
先生が静かに待ってくださったのも、ほんとうにありがたかった。

長男が先生のことを大好きなのはよくわかるのだけど、
だったら照れないで返事くらいしてくれと思うのだけど、
大好きだからこそ返事ができず、そして誤解されてしまうわけで、
まあそれはそれで仕方のないことなのかもしれない。
彼には自然の結末を体験してもらって、
どうすれば円滑な人間関係を築けるのか、自分で工夫していかなければね。
そう考えている私だって、よい人間関係を築くためには
いつも試行錯誤して失敗を重ねているわけだ。

人の意図はかくも読めない。
だから人の話を聞くというのはとても面白い。
まったく別の世界が、他の人の目には見えているのだから。



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by Inahoadler | 2016-01-18 23:17 | Comments(0)

失敗は人の性

ごあいさつが遅くなってしまいましたが、
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

年末年始はあちこちの親戚めぐりで子どもたちを連れて大移動した。
長男はもちつき、たこあげ、釣り(の練習)など
普段できないことをさせてもらって、大喜びだった。
(ときには誰の言うことも絶対聞かないぞモードに突入して
 路上で大騒ぎしたこととか、色々とありましたが・・・)
次男はどこに行っても愛想がよくて、
なんでもよく食べるのでかわいがられていた。
(私の体の上でないと眠らなかったり、
 夜中に長い時間大泣きしたり、色々とありましたが・・・)
家族づきあい親戚づきあいには面倒なことも多いけれど
子どもたちを大切にしてくれる人たちがたくさんいるということは
ほんとうに幸いなことだと思う。


今回のお正月はJ先生にお会いして、
生きたアドラー心理学的生活に触れられたのがとてもありがたいことだった。

生活していると、小さな小さな失敗(何かをこぼしたり何かをなくしたり)
がたくさん起きてしまうけれど、
そこで陰性感情を持つ必要はまったくないのだとわかった。
現状復帰して次の行動計画を立てて、今後失敗をしないように対策を立てる。
失敗しても、そうやって感情を使わずに業務的にこなすことだってできるのだ。
感情をつかっているととても頭は忙しいけど、
実際は何も変わらないから
実はあまり仕事ははかどっていなかったのかもしれない。

それから、どんなときでも子どものプラスを見るというのも、
すばらしいモデルを見せていただけてよかった。
たとえば
次男をだっこしようとしたJ先生が「こっちに来ますか?」と次男に言うと、
次男は「やー!」と言って私にしがみついた。
J先生は「おお、節操があってよろしい」ですって(笑)

今まで私は、子どものプラスの面を探そうとしていた気がした。
でも、私が子どものよい面しか見えないような目をもつことが、
理想的な状態なのだろうなと思えた。
何を見ても、おお、よろしいよろしいと言ってしまうような・・・
そういう目をもてたなら、長男が乱暴しているときにも、
「こんなに乱暴でなんということでしょう、ろくな大人になれないわ」って思うことなく
「それだけ暴れる元気があってよろしい」って思えるだろう。
そういう気持ちで子どもとつきあえたら、
この子を矯正しようだとか思い通りにしようだとか目論むことなく、
子どもが自信をもって自分の人生を選んでいけるように、協力することができると思う。



自宅に戻ってから、私は陰性感情が起きることがかなり少なくなった。
私の家族はほとんどすべての場合、よい意図で行動をしているようだ。
そして私たちはほんとうにたくさんの失敗を重ねている。
長男がときどき不適切な行動をする場合も、それは所属を求めてのことであって、
たいていの場合は私が事前に何かやらかしているのだ。
(そう、長男はもの覚えがよくてよろしい 笑)

失敗は仕方のないことで、陰性感情なしで解決できると知り、
失敗してもあまり動揺しなくなった。
先日ママ友だちに車に乗せてもらって、
そのまま携帯も財布も全部入ったカバンを置き忘れるという
今までの我が人生の中でもトップクラスの失敗をやらかしたけれど、
友達のご厚意で迅速に無事に届けてもらえた。
(鍵だけはポケットに入れていたので、私は自分の習慣に感謝した)
たぶん今までなら、絶対にこの失敗をブログに書くこともなかっただろう・・・
自分にできることはママ友だちの家の電話に留守電を入れることぐらいで、
あとは何をしても仕方がないとわかった。
それならば、楽しく家事をしている方が私は精神的に健康でいられる。
あるいはもし、取り返しのつかない失敗をしてしまったとしても、
他の人の陰性感情をおさめる努力というのは必要と思うけれど、
自分が陰性感情を持つことで、何かが良くなることはない。


このカバン置き忘れ事件のおかげで、子どもの失敗なんぞは、
私のしでかす失敗の破壊力に比べればほんとうにかわいいものだと心底思った。
長男が納豆のついたお箸を床に落としてしまっても
「自分で納豆を混ぜてお箸で食べられてすばらしい!
 ちゃんと拾って洗ってすばらしい!
 ・・・あ、イス降りたときに納豆のたれの袋落とした・・・けど、
 ちゃんと拾って床をふいて、すばらしい!」
って思えるようになってきたし、
次男が顔も手も服もべちゃべちゃにしてご飯を食べていても
「自分でつかんで食べられてすばらしい!
 ・・・時間かかるなあ・・・、でもたくさん食べられてすばらしい!」
って思えるようになってきたし、
去年の実践の成果はちゃんと出てきたのではないかなと思う。


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by Inahoadler | 2016-01-18 00:00 | Comments(0)