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男のプライド

息子の通っている幼稚園では、子どもたちにたくさんの遊びを体験させてくれる。
夏休み前には、木の板で船を作ってプールに浮かべていた。
船にする板はB5サイズぐらいで、本物の金槌を使い、
小さな木ぎれをクギで打ち付けて好きな模様や形を作るのだ。
初めは説明を聞いただけで怖がって泣いてしまう子や、
指を叩いてしまって泣き出す子などもいたそうだけど、
板には紙ヤスリをかけて、クギを打つ練習もして、
時間をかけて思い思いの船を、全員が完成させたという。

ある日息子が、急に「ぼく今日クギ打てたよ!」と言い、
私 「え?!本物の金槌で?」
息子「(誇らしそうに)そうだよ!本物の金槌だよ!」
私 「えーすごい!!お母さんは上手にできないんだ、すごいねえ!」
息子「すごいでしょー、ぼく上手にできるんだよ!」
私 「でも難しいでしょ?どうしてクギ打ってるの?」
息子「え?難しくないよ。全然簡単だも〜ん。
   あのね、お船作ってるんだよ、できたらプールに浮かべるの!」
私 「お船?木で作ってるの?すごいなあ・・・。プールに浮かべるのいいねえ!」
息子「お母さんにも見せてあげるね、ぼくのお船すごいんだよー」
それからは毎日「ぼく今日も上手にクギ打てたよ!」と話してくれたので、
私は息子のことを器用な子だなあと思っていたのだけれど・・・

面談のときに担任の先生の話を聞くと、実は少し違うことを知った。
先生「こうちゃん、すっごい頑張りやさんなんですよ。
   木の船を作るときも、お友達がどんどんクギを打てるようになっていっても、
   こうちゃんはなかなかうまくできなくて、4日目ぐらいに初めて打てるようになったんです。
   珍しく涙目になったりしてたんですけどね、
   朝早く来た日なんか、始まるまでの1時間、ずっとクギ打ってたんですよ!
   その間、お友達が遊ぼって言ってきても、『ぼく今忙しいから』って断ってました(笑)」
私 「そうだったんですか?!
   私には、『ぼくクギ上手に打てるんだよ!』としか言ってくれなくて、
   そんな苦労してたなんて知りませんでした。」
先生「いや〜かなり苦労してましたよ。できるようになるまで、悔しそうでした」
私 「そうだったんですか。頑張ったんですね〜」
先生「ほんと頑張りやさんですね。
   でもこうやって、ちょっと難しいことに挑戦するのが
   子どもにとってはすごく成長になるんだと思います。」
私 「そうやって壁にぶち当たるのはいい経験ですね。」
先生「ねえ、こうちゃんには、もういろんな壁に
   どんどんぶち当たってもらえたらって思ってるんですよ。
   すごく伸びてくれると思います。」
先生は息子の集中力と負けず嫌いさを、いいところだと思ってくださっているようで
それがとてもありがたく、嬉しくて
なんだか体育会系の先生と、息子の試練について意気投合してしまったのだった。



運動会では、鉄棒の前回りをしてからケンケンパ(片足跳び)をするという種目があった。
運動会の練習をしていたある日、息子が「ぼく前回り上手にできるんだよ!」と言った。
私 「すごいねえ!こうすけ前回りできるんだ!」
息子「そうだよ、くる〜んって上手にできるんだよ!」
   幼稚園からのお便りには、先生の手助けの要る子や、
   台を置いて回る子もいますと書いてあったので
私 「台を置いたり、先生に手伝ってもらう子もいるんでしょ?」
息子「うん、そういう子もいるけど、ぼくはひとりでできるんだ!」
私 「そうなんだ、すごいな〜。お母さんは鉄棒上手じゃなかったんだよ。」
息子「そういう子もいるよ。
   大丈夫大丈夫、でも練習したらお母さんも上手になるよ。」
私 「ほんと、ありがとう(笑)」
それからは毎日「ぼく今日も前回り上手にできたよ!」と話してくれたので、
私は息子のことを運動が得意な子なんだなあと思っていたのだけれど・・・

運動会が終わったある日、先生と話すとやはり事実は少し違うことがわかった。
先生「こうちゃん、鉄棒すごく頑張ってましたよ。」
私 「運動会でちょっとハラハラしたんですけど、回れてましたね。」
先生「こうちゃんね、初めはなかなかうまくできなかったんですけど、
   すごく練習してできるようになったんですよ。」
私 「あれ?そうなんですか、私には『ぼく上手にできるんだよ』としか言ってくれなくて」
先生「いや〜苦労してましたよ(笑)」
私 「ほんとですか(笑)台使う子とかもいるんだよねって聞いても、
   『うん、でもぼくは使わないけどね』って」
先生「いやいや、こうちゃんもたくさん台使って練習してました(笑)」
私 「・・・私にはできてからじゃないと言ってくれないんですね」
先生「そうなんですね(笑)でもほんと、頑張りやさんですよこうちゃんは!」
まさかの釘打ちと同じ展開に・・・。
息子はかなりプライドが高いようだ。



でも、失敗しても上手にできなくても、私は彼の頑張りを素敵だと思うのだけれど
彼はそういうことを私に言って、勇気をくじかれたことがあったのかな・・・。
息子がもしも、私にできないことを言えないのだったら困ったなあと思っていた。


すると後日
息子が「お母さん、今日ぼく竹馬したんだけど、上手にできなかったわ〜」と言った。
私 「へえー、竹馬したんだ!すごいねえ!」
息子「うん、でも竹馬難しくてぼく歩けなかったの」
私 「そうなんだ、竹馬は難しいもんね。でも乗れたのすごいねえ」
息子「そう?ちょっとだけだけどね」
私 「こうすけは練習したらすぐに上手にできるようになるよ。
   竹馬、ムーミンたちも乗ってたよね。
   ほら、みんな練習してたやん『ムーミン谷の彗星』で」
息子「ほんとだ、ムーミンたちも練習してた!スナフキンだけが上手だったんだよね。   
   スナフキンすごいねえ!」
私 「うん、スナフキンすごいねえ。でもみんなも上手に歩けるようになってたよね〜」
息子「うん、スニフも上手になってた!」


釘打ちや前回りができるようになった話をしてもらったときも
もちろん嬉しかったのだけれど、
それ以上に、竹馬ができなかった話をしてもらえて、私はものすごく嬉しかった。
段々と私のことを、もっと仲間だと思ってもらえるようになったのかなと思っている。


息子のプライドは相当に高いらしい。
だからこそ、失敗をばねにして何度も練習するのだ。
そこで諦めたり言い訳したりせずに挑戦できるのは、彼に勇気があるからだろう。
彼とうまくいかないときや、ものすごく彼が攻撃的になるときは、
きっと私が彼のプライドを傷つけてしまっているのだろう。
子どもには色と金が無い、あるのは面子だけだと聞いた。
だから絶対に面子をつぶしてはいけないのだと。
加えてうちの子どもは男だ。
男のプライドは、女の私には計り知れないものがある。
このプライドも息子の宝物だ。大切にしなければ。

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by Inahoadler | 2015-10-24 01:05

異なる論理

昼食に、スパゲッティと菓子パンを用意した日があった。
息子は喜んで食べていたのだが、菓子パンをひとつとスパゲッティを2/3皿食べるとお腹がいっぱいになってきたようで、
スパゲッティはもういらないと言った。

私 「そうなんだ、じゃあご馳走様してね。」
息子「うん、ごちそうさま〜。じゃあパン食べるね!」
私 「え?ご馳走様したんだったらパンは食べないよ。」
   陰性感情を出してしまった私。
息子「これはデザートなの!」
   私の陰性感情に反応する息子。私の陰性感情にすぐ気づきます。
私 「デザートは、ご飯全部食べた人だけが食べられるんだよ。スパゲッティ残したら無いよ。」
   息子の反応に、もっと陰性感情で対処する私・・・怖い声になっている。
息子「え〜ぼくパンが食べたいのに・・・」
私 「さっきもパン食べたでしょ。スパゲッティ残したら、捨てなきゃいけないでしょ、食べ物捨てるのはよくないよ。」
   ・・・論理が飛躍している
息子「捨てないでお母さんが食べたらいいじゃん」
私 「それはわがままです。こうすけはお腹にまだ食べ物が入る隙間があるんでしょ?
   そこにスパゲッティを入れずにパンを入れて、残したスパゲッティはお母さんに食べてもらうなんて、わがままです。」
   息子の言い方にイラっとして、息子をわがままだと裁いてしまった。
息子「ふーん」
   仲の良い楽しかった雰囲気を私が壊してしまったと反省。
   落ち着いてちゃんと説明をしようと思った。 

私 「スパゲッティは傷んじゃうから今日中に食べなきゃいけないの。
   こうすけがお腹がいっぱいで食べられないんだったらお母さんが食べます。
   でもパンは明日も食べられるの。置いておいて明日一緒に食べよう。」
息子「パン食べたい!」
私 「そうだね、おいしいパンだもんね。でもスパゲッティを食べてからにしようね。
   スパゲッティを残してお母さんに食べてもらって、
   自分は新しいパンを食べるのはわがままだとお母さんは思うんだけど。」
息子「・・・っ!」
   息子は目を見開いてびっくりした顔になった
私 「どうしたの?」
息子「・・・あのね、ぼく、わがままでびっくりしちゃったの!」
私 「どういうこと?」
息子「スパゲッティ食べないで新しいパン食べるのは、わがままだって知らなかった!」
   思わず笑い出す私たち。
私 「そう、わがままだってこうすけも思ったの?」
息子「うん、パンは明日食べるわ。ごちそうさま〜」


やり取りを書いてみると、私の方が大人げなくて恥ずかしくなる。
息子は、私が冷静に論理的に説明をすれば、きちんと理解して納得してくれるのだ。
彼は、いつも私に対して協力的だからだ。
私はすぐに彼を裁こうとしてしまうのに・・・見習わなければ。

私は自分の思うとおりに物事が進まないと、
相手が私を困らせようと邪魔をしていると思い込んで
陰性感情を持ち、相手の行動を変えようとするようだ。
だけどそれは私の思い込みで、実は相手はまったく別の考えで行動しているようだ。
特に息子の場合、私の想像を絶する理屈で行動しているので
私の思い込みは先走りやすい。
何か私の想像力を刺激することがあれば、その都度彼の話を聞いてみよう。   

それにしても、「自分の考え方がわがままだ」と気づけるなんて、すごいと思う。


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by Inahoadler | 2015-10-23 13:35

仲間であるために

息子の友達親子数人と出かけた日、
広場でストライダー(コマのない自転車)を借りて遊んでいた。
初めはストライダーに乗る子の後をみんなが列になって追いかけて、
順番に交代していたのだが
段々と1人の乗る時間が長くなり、
順番の回ってこない子たちは他の遊びを始めていた。

私がお友達のお母さんとしゃべっていると、Tくんが私のところに来た。
Tくんのお母さんは向こうにいるのに、なぜ私のところに来たのかなと思っていると
Tくん「ねえこうちゃんのお母さん、あのね、聞いてくれる?」
    怒っているようである。よく見ると半泣きだ。
私  「どうしたの?」
Tくん「あのね、こうちゃんがね、ずっと乗っていて、
    ぼくが貸してって言ってるのに、後でーって言ってずっと貸してくれないの!」
私  「あー、そうなんだ・・・」
   
息子は急いでTくんの後を追って、私たちのところへ来た。
お母さんどうする?ぼくのこと怒るの?まずいなあどうしようとハラハラした様子。
確かに息子は長い時間乗っているようだけど、これは子どもの課題ですね。
私の感情を確認すると、大丈夫、
息子に対しても、Tくんに対しても、陰性感情は見あたらない。
Tくんにも、困ったことを自分たちで話し合って解決することを
学んでもらえるといいな。

私  「Tくん、おばちゃんは見ていなかったから、よくわからないの。ごめんね。
    子どもたちでどうしたらいいか、お話し合いしてもらえるかな?」
Tくん 「ん〜・・・でもこうちゃんが・・・」
    
Tくんは私の行動が期待外れだったようで不満そうで、ちらっと息子の方を見る。
すると息子は私の顔を見ながらそおっとストライダーから降りて、
向こうの方へとゆっくり押して歩き始めた。
Tくんは息子の後を追って走って行った。
その後、私とTくんの側で成り行きを見守っていた他の子も交えて、
4人ぐらいでまたストライダーを交代で乗りながら遊び始めた。


独り占めしていることが悪いということは息子にもわかっていたようだから、
これは「不適切だと知りつつも利益があるから不適切な行動を続けている」
という状態だったのかな。
その利益は、ストライダーに乗れて楽しいということで、
でも、お友達と仲良く遊ぶことの方がいいと息子はわかって
(独り占めしているとお友達と仲良く遊べない
 という自然の結末(社会的な結末)を体験して学んでくれたのだ)
交代しながら遊ぶことを選んだのだと思う。
その後もこの独り占め事件については、息子と話したことはないけれど、
私があのとき、息子の不適切な行動に注目関心を与えなかったことで、
息子は私を仲間だとより強く思ってくれたような気がする。


今回のTくんのように、大人にこうやって告げ口をしてくる子どもって、
とても可愛いんだなあと初めて気づいた。
だって、私を仲間だと思ってくれているから告げ口をするのだ。
だからついついその子の肩を持ちたくなってしまうのだろう。
でも、多分話を聞いてあげることで、
十分に仲間なんだよとわかってもらえるのではないかと思う。

なぜならその後ストライダーで遊び終わってから、またTくんが私のところに来て
「ねえねえこうちゃんのお母さん、
 ちょっと赤ちゃんはぼくのお母さんに守ってもらって、
 ぼくとこっちに来て追いかけっこしようよ〜」
と誘ってくれたからだ。
疲れていた私は一緒に走ることは残念ながら辞退したけれど、
Tくんが私を仲間だと思ってくれていることを感じてとても嬉しかった。


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by Inahoadler | 2015-10-19 15:39

砂まみれの英雄

幼稚園バスのお迎えに行くと、
息子のおでこは少し腫れて赤くなっていて、頭は砂だらけだった。
本人はただいま〜とご機嫌な様子だが、
私には不安や心配という陰性感情が生まれた。
お友達とケンカしたのかな?
いや、それならいいけど、もしかしていじめられた?意地悪をされた?
でも陰性感情を見せてしまうと、何が起きたのか知らせてもらえないだろうから、
努めて何気ない様子で尋ねてみた。


私 「あれ、おでこが赤いね。痛くない?頭に砂もついてるけど、どうしたの?」
息子「あ、これは、たぶんTくんがシャベルでばんってしたときのだと思うわ〜。
   あ、おんぶバッタ発見!」
   Tくんって誰?なんで頭叩かれたの?しかもシャベルで?
   ・・・でも息子はほんとうに何でもなさそうに言うから、彼は平気みたいだ。

私 「へえ・・・大丈夫なの?」
息子「うん、ぼく痛くなかったよ、あ、バッタ逃げちゃった!」
私 「こうすけが大丈夫なら良かった。
   でもなんでTくんはシャベルで頭叩いてきたの?」
息子「なんか怒ってたみたい。ぼくも一緒に遊んでたんだけどね、
   ぼく何にもしてないんだけどシャベルでばんってしてきたの。だめだよね。」
私 「えー!だめだよね。」
   思わず陰性感情があふれ出る私。

息子「うん。でもTくん小さい組さんだから、
   お友達をシャベルで叩いたらだめだって知らなかったんじゃないかな。」
   年下の子がかんしゃくを起こして、
   側にいたこうすけを叩いてしまったということなのかな。
   息子はTくんの失敗だと認識しているみたいだ。私よりずっと大人だわ・・・

私 「え?でもこうすけは小さい組のときも、お友達叩いちゃだめだって
   知ってたでしょ、Tくんも知ってるんじゃない?」
息子「うーん、ぼくは知ってたけど、Tくんは知らなかったんだと思う。
   ぼく、やめてって言ったらやめてくれたよ。
   ぼくはお兄さんだから怒らないんだよ。」
私 「そうだったんだ。こうすけは優しいお兄さんなんだねえ・・・」
息子「うん♪どうして怒って叩いちゃうんだろうねー。」


息子は自分でやめてと主張して、
お友達が聞き入れてくれたからそれでいいと思っているようだった。
年下の子にとても寛大なようだ。
自分が嫌な思いをしたときでも、相手を悪い人だと裁かずに、
適切な行動を知らなかったからだととらえ、相手の善意を信じている。
これはいわゆる相互尊敬相互信頼の関係なのかな?
息子はお友達とも良い人間関係を築いていっているのだなと、嬉しく思った。
私よりもはるかにアドレリアンな生き方をしているように思える・・・。

幼稚園も、子ども同士のトラブルにあまり介入しない方針のようで、
それも子どもの成長にとっていいことなんだろうと思った。
子どものトラブルは、子どもの課題だと
わかってはいるけど、つい介入したくなる親心・・・。
でもそれは子どもの、困ったことにどう対処するかという学びを妨げてしまうのだろう。


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by Inahoadler | 2015-10-09 15:01

変身願望

お友達のKくんと遊んだ日の夕方、
「あ〜あ、ぼくKくんだったら良かったのにな〜」
と息子が言った。

瞬間的に陰性感情がこみ上げてきた私。
一生懸命向き合ってるのになんで?何が不満なのよ?と、
怒りじゃなくて裏には悲しさがあったと思う。
でも、息子は何気なく言った様子だし、息子に陰性感情はない。
なぜそんなことを言うのか気になるので、ここで陰性感情を使わないことが肝心だ。
そこで努めて冷静に聞いてみた。

私 「どうしてKくんだったら良かったの?」
息子「だってね、Kくんは字書けるんだよ!いいなあ〜」
私の押し殺した陰性感情には気づかず、息子は楽しそうに答えた。
しかしなんて無邪気な答えでしょう!
まったく、ひとりで怒ったり悲しんだり、馬鹿げていますね。

私 「そうだったね、Kくん上手に書いてたねえ」
息子「うん、かっこいいよね!・・・あ、ぼくも書こうっと!」
それから彼は、「スプトラケトロプ」とか「グンロンアグ」とか書いた紙を誇らしげに持ってきた。
息子「見て!」
私 「?・・・あ!プロトケラトプスとグアンロングだね!!」
息子「そうだよ♪すごいでしょ〜ぼく書けたよ!」
   わかった私もすごいでしょと思いながら・・・(笑)
私 「すごいねえ♪・・・でも普通はね、字は左から右に向かって書くんだよ。」
息子「あ、そっかそっか」
(この後数日間、彼は紙に恐竜の名前を書きまくったので、
 なんと大抵のカタカナが書けるようになった。
 恐竜への熱は彼のあらゆる能力を伸ばすらしい・・・素晴らしい。
 しかし彼はひらがなを書くつもりはまったく無いらしい。やむを得まい・・・)



またある日、掃除をしておやつを食べ終わったときに
「あ〜あ、ぼくチョウチョだったら良かったのにな〜」
と息子が言った。
また瞬間的に陰性感情がこみ上げる私。
家を居心地よく整えておやつも用意して、
人間として幸せな生活を準備しているのに、
虫になりたいだって?
・・・でもここで陰性感情を抱くのは私の方が大人げないと、さすがにわかった。
でもなぜそんなことを言うのか気になるので、冷静に聞いてみた。
私 「どうしてチョウチョだったら良かったの?」
息子「だって、お空が飛べるんだよ!いいなあ〜」
やはり他愛もない理由だった。
いったい何の劣等感を刺激されたのだろうか。まったく馬鹿げたことだ。



またある日、昆虫の図鑑を見ながら
「あ〜あ、ぼくカブトムシだったら良かったのにな〜」
と息子が言った。
驚くべき事に、陰性感情がこみ上げてくる私。
なんで虫になりたいんだ?
虫みたいに産みっぱなしじゃなくてこっちは一生懸命育ててるというのに、
私の何がいけないの?
私の劣等感は飛躍しすぎているとは思うが、
やはり私は息子が虫になりたいというのは許せないようだ。
だから理由を聞いてみた。
私 「どうしてカブトムシだったら良かったの?」
息子「だって、カブトムシって強いんだよ!」
ああそうか、彼は強くなりたいのか。
自分の生育環境がどうとか、そんなことを考えているわけではないんだね、
当たり前だろうけど。



またある日、動物のテレビを見た後で
「あ〜あ、ぼくライオンだったら良かったのにな〜」
と息子が言った。
この日、ようやく私は陰性感情を持たずに話を聞くことができた。
ライオンになりたい理由はわかるけど、聞いて欲しそうにしていたので聞いてみた。
私 「へえ〜どうして?」
息子「だって、ライオンって強いんだよ!」
私 「そうだね、ライオンは強いね〜」
息子「ぼくも強くなりたいな〜」



私は数回目にしてやっとこのパターンに慣れた。
息子は自分より優れていると思う能力をもっているものに対して、
尊敬や憧れを抱くとき、「あ〜あ、ぼく○○だったら良かったのにな〜」と言うのだ。
私はおそらく、その残念そうな口調に反応してしまって、
私は息子を幸せにしようとしているのに、
息子は自分であることに満足していないのだ、と思い込み、
息子を幸せにできてない私という劣等の位置に落ちていたのだろう。
おそろしく馬鹿げたことだけど。
しかし息子は、お友達も虫も動物も、同じように尊敬するのだなあ。



そしてある日、弟のしゅんすけが笑ったりおしゃべりしたりするのを見ながら、
「しゅんすけかわいいねえ!あ〜あ、ぼくしゅんすけだったら良かったのにな〜」
とこうすけが言った。
ああついにこの日が来たかと思った。
しかし私はまったく陰性感情を抱いていなかった。
むしろ、とても嬉しくて幸せな気持ちだった。
私 「どうしてしゅんすけだったら良かったの?」
息子「だってかわいいもん!すごく楽しそう♪」
私 「そうだね、かわいいねえ。しゅんすけはいいねえ。こんな優しいお兄ちゃんがいるもんね♪」
息子「うふふ、そうだね♪」
私 「こうすけにはこんないいお兄ちゃんがいないもんね。
   でもしゅんすけは、かわいい弟のお世話できないのが残念だね。」
息子「ほんとだ〜。それは残念だねえ」
私 「どっちもいいね。でもどっちかなんだよね〜
   ・・・お母さんはかわいい2人が見れていいでしょ!」

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by Inahoadler | 2015-10-08 00:46

新しい椅子

新しい椅子を買って、食事のときに私が座っていると、
それに気づいた息子が
「そのお椅子、座ったらどんな感じなのか知りたくなっちゃったな〜」
と言った。
彼の理想としては、
「そう、じゃあ座ってみる?」と椅子を譲ってもらうことなんだろうけど、
私はこういう非主張的察してちゃん的な言い方に陰性感情を抱いてしまう。
私は彼に主張的に主張することを学んでもらおうと思った。


でも私は今少しいらっとしかけている。
いつものように「どうしてもらいたいのかはっきり言葉で言いなさい」
なんて怖く言ってはいけませんね。
子どもに学んでもらうためには、まずは子どもと仲間でいなければ。

私 「あ、お母さんが新しいお椅子に座ってるの気づいた?なかなかいい感じですよ」
息子「へえ〜ぼくもどんな感じか知りたいな〜」
私 「それは座ってみないとわからないだろうねえ」
   頑張って別の言い方をしてごらんと思いながらにやっと笑う。
息子「・・・」
   あれ、ちょっと期待外れなんですけどどうしましょ、という感じの顔をしている。
私 「・・・ねえねえ、こうすけがほんとにしてみたいことはなあに?」
息子「あのね・・・そのお椅子に座ってみたくなっちゃったな〜」
   お、ちゃんと何をしてみたいのか言ってくれた。
私 「そう、じゃあ座ってみたらいいよ♪」
息子「え?・・・わーい!」
   すまん息子よ、いつも私はあなたの希望に、すぐにいいよと答えてないのね。
   だからびっくりしたのね・・・
   だからすぐには主張的に言わないのかもね・・・
息子「じゃあご飯終わってから、お椅子交代してちょうだい!」
私 「え、ご飯終わってからでいいの?今交代してもいいよ。」
息子「ううん、今はご飯中ですので。次のご飯からぼくこのお椅子に座る〜」
私 「そっか、じゃあご飯終わったらお椅子の場所変えとくね。
   ご飯中にお椅子変えないなんて、お行儀がいいんですねえ。」


私としては、こんなに良い関係のままででやり取りが進むなんて
予想外の成功だったけれど、もう少し欲が出た。
「座ってみたくなっちゃったな〜」という言い方も、
まだ相手の過保護さを引き出すような感じがして非主張的な香りがするので、
「〜してほしいな」とか、「〜してくれるとうれしいんだけど」という
主張的なお願いの仕方を学んでもらえたらいいなと思い、
今の会話についてメタな会話を振ってみた。


私 「さっき、『どんな感じなのか知りたくなっちゃったな〜』って言ったよね。
   でもその言い方だと、
   『ああ、とても良い感じですよ』ってお椅子の感じを教えてもらって、
   それでお話が終わっちゃうかもしれないよね。」
息子「あはは・・・そうだね〜」
私 「それだとこうすけは、ずっとお椅子に座れないまんまだよね」
息子「うん・・・」
私 「でも、こうすけのしたいことをちゃんと言ってくれたら、
   ああこのお椅子に座りたいんだってわかるよね。」
息子「ふふ、ほんとだね」
私 「だから、お椅子に座りたいなって思ったら、
   ぼくも座りたいなって言ったらいいと思うよ。」
息子「うん、次のご飯からお椅子に座るの楽しみだな〜♪」


息子は主張的に話すということの意味をよく学んでくれたし、
私も学んでもらうためにはどうするべきかを学べた。
こんな風に会話できたのは初めてだったから、
今までは多分、人に言うこと聞かすためには大きい声を出した方がいいとか、
彼は私の不適切な行動からよけいなことを学んでいたのではなかろうか・・・
・・・精進あるのみです。

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by Inahoadler | 2015-10-05 22:24

恐竜ブームの効能

長男(もうすぐ5歳)には今恐竜ブームがきている。
毎日恐竜について熱く語り、恐竜図鑑を読み、恐竜のDVDを見て勉強している。
折り紙で折るのも恐竜
しりとりも恐竜(〜サウルスが多すぎて続かないけど)
ドレミの歌も恐竜(ドはドロマエオサウルスのド♪)
幼稚園の砂場では友達と化石の発掘作業に忙しく、
拾った石を金槌で叩いて割って、中から化石を見つけている。
彼には雲の形もコーヒーのかすも、すべてが恐竜に見えるようだ。
自分の身長も家の大きさも、すべての大きさは恐竜との比較で認識。
次男(1歳)の数少ないボキャブラリーにも「ぎょーうー(恐竜)」。
とにかく毎日が恐竜なのである。


私たち夫婦は理系の生物系なので、
恐竜の進化の過程や生態など、一緒になってかなり楽しんではいるのだけれど、
生物学的に誤った話を言われると、
それは違う!とつい本気(ムキと読む)になってしまう。
しかし幼稚園児相手に、
生物の発生過程について、遺伝子の突然変異について、
正確な理解を求める方がおかしい。
しかも1億年も前の生物のこと。
最近の研究で、今までの恐竜の常識がどんどんくつがえされているところでもある。
そんな不確かな生き物のために、
親子でどちらが正しいかと競合するなんて馬鹿げているではないか。
(いやそれ以前にもかなりクレイジーなところがあるとは思うけど)


私は彼に何を学んでほしいのかというと・・・
正確な恐竜の知識、科学の知識を学んでもらいたいわけではない。
そんなことより、私たちは仲間だということを学んでもらいたい。
そして、事実には正誤があるけれど、意見は多様だということも学んでもらいたい。
だったら・・・
息子の大好きなティラノサウルスは、本当は一番大きな恐竜じゃないけど、
彼が「ティラノサウルスが一番大きい恐竜なんだよ!」
って言い始めても、陰性感情を使って
「違う違う。一番大きい肉食恐竜であって、草食恐竜にはもっと大きいのもいたよ」
と言うのはやめなければ。
(マニアックだし大人げないわ・・・お恥ずかしい)

ある日、また息子がティラノサウルスが一番大きいと言ったので、
そうか息子は大きいのがいいと考えるんだ、と、彼の考えを想像してみた。
するとかわいいなと思えて、笑顔で会話を続けられた。
私「そっかあ、ティラノサウルスが一番大きい恐竜だったらいいなと思ってるんだね」
息子「うん、だって、ティラノサウルスが一番強いんだもん」
私「強いのが好きなんだ〜」
息子「そうだよ、お母さんだって食べちゃうよ。げいーんっておうちも全部壊しちゃうよ!」
私「ひゃーこわい!」
息子「あ、おはなしだけどね。ほんとにはならないから大丈夫だよ。だって昔の動物だからね。」
そう、この子は強いものが大好き。破壊も大好き。
でも、実際の暴力は嫌いだし、怖がる相手を安心させる優しい子だ。
おはなしが大好きで、きちんと理屈を理解できる賢い子だ。

私が彼の発言の誤りを正そうと思っている限り、楽しく会話は続けられないのだ。
ほとんどの正しさなんて、きっと恐竜ぐらいあいまいなものだ。

ご飯とおかずを交代に食べることとか、テレビは一日に1つの番組だけとか、
そういう私の考える正しい育児のルールについても、
お行儀よく食べることとか、テレビから離れて見るとか、
そういう正しい共通感覚についてでさえも、
私が彼を正してやろうと思っている限り、私は仲間ではいられないのだ。
私たちが仲間であり、他のひとたちとも仲間でいられるように、
彼が人々と協力しあって生きていけるように、
そのために正しい物事を伝えていかなければならないのだから、
私が彼を裁いていてはいけない。

さらに、誤っていることを信じていたりしてしまったりすることは、
不適切な行動ではなくて失敗なのだから、
ただ正しいことを優しく教えていけばいいのだ。
私「そうだね、ティラノサウルスはすごく大きいね。でももっと大きい恐竜もいるよね〜」
息子「うん、アルゼンチノサウルスとかね!」
私「・・・ん?」
正しいのかどうかマニアックすぎてわからない母でした。


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by Inahoadler | 2015-10-05 00:50

初心表明

1年半ほど前に書いた子どもとのエピソードを読み返したら
そこにはあまりに競合的で人を裁いてばかりの私がいた。
あのときは自分ではパセージをちゃんと実践できているつもりだったんだけど・・・
しかしこれはきっと、今の私がアドラー心理学をより理解して
より実践できるようになった証なのだと思い込むことにして、
日々のエピソードを記録してより学べるよう、このブログを始めることにした。


課題シートに書かれたパセージリーダーさんのコメントはさすがだった。
もちろん私の適切な行動に注目をしてくださるだけでなく、
私の失敗には、テキストの参考ページや代替案の方向性などを書いてくださって、
しかも私の根本的に非アドレリアンな構え方には一切触れることはなかった。

私はよく人がアドラー的でないということを裁くけれど、
それ自体がアドラー的かそうでないかという価値判断で、競合的態度なのである。
アドラー心理学の実践は、
お茶やお花や書道などと同じく、お作法の問題なのだろう。
いいとこを見せてやろうと背伸びする気持ちは、
人より優れたいという競合的なものであって、
そういう邪念雑念が入っては、良い書が書けるわけがないのである。

比べるのは過去の自分だけにしよう。
そしてそこから一歩でも二歩でも、先に進めた自分を認めてみよう。
不完全な私を認める勇気を持てるように。

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by Inahoadler | 2015-10-04 22:34